海洋熱波と海洋生態系

一つ上に戻る
(公財)日本海洋科学振興財団
むつ海洋研究所 所長

渡邉 修一

 北海道・東北沖で2010年から2016年の間の毎年夏に海洋熱波と呼ばれる水温上昇が発生していて、ブリの漁獲量にも関連性があったという論文がJAMSTECと北海道大学の研究者(Miyamaら、2021)によって今年1月に発表されたことがいくつかの新聞等をとおして報道されました(JAMSTECプレスリリース)。

 「海洋熱波(Marine Heatwaves)」は2011年ごろからPearce et al. などによって使われ始めた言葉で一般の人がこれまで殆どの方が耳にすることはありませんでした。しかし、海洋の高水温異常は海洋の高水温化等とともに海洋生態系への影響が大きく、経済に関わることから最近注目されています。高水温現象と生態系への影響を科学的に理解するためには高水温異常をきちっと定義することが必要です。そこで、2016年にHobdayら(2016)が2000年以降の各地で起きた生態系サービスへ大きな影響を与えた高水温異常が起きた海域の解析を基に『ある海域おいて季節変動する各時期の平年値(30年間の平均)からずれの変動頻度から決めたしきい値(通常は90パーセンタイル値)を超える高水温が連続5日以上(途中二日以下の中断があった場合も含む)続く現象』と「海洋熱波」を定義しました。冒頭の論文は、北海道・東北沖合の水温変動についてこの定義に基づいた解析を行った報告です。

 さて、「海洋熱波」の定義のもととなった高水温異常は2003年の地中海沿岸域の高水温現象、2011年にオーストラリア西海岸での高水温化現象、2012年の北西大西洋域の高水温化現象(Millsら、2012)です。地中海沿岸域の高水温化現象はヨーロッパ熱波と関連して6月2日から7月1日までの30日にわたって通常よりは平均で約4℃高い水温が続き、地中海サンゴや海綿などの生態系に大きなダメージを与えました。また、オーストラリア西海岸での高水温化現象はニンガルー・ニーニョ現象によって引き起こされた西太平洋の高温の水塊がオーストラリア西海岸を南下したもので、3℃以上の高温水温が60日継続し、熱帯系の魚類が南部に広がるともにケルプの海中林が芝生状藻場に替わるなどの変化を起こしました。北西大西洋域の高水温化現象では平均約2.4℃(最大4℃)の高水温化が56日間継続し、暖かい南方系の魚種が北の海域に広がり、漁業活動をはじめとする経済活動に影響がでました。原因として温暖化影響、グリーンランドの氷の融解などが関連していると考えられています。このように「海洋熱波」として定義された高水温異常は生態系及び生態系サービスに影響を与えています。

 冒頭の論文は日本近海で起きている高水温化現象を海洋熱波として記載した初めての例と思われます。2010から2016年の夏に北海道・東北沖で海洋熱波現象が起きていたことを示し、その原因として北海道沖合にあった黒潮を起源とする暖水渦が親潮の南下を妨げたことに因っていると推定しています。また、北海道太平洋側におけるブリの漁獲量の急増との関連性が認められることも言及しています。ブリの漁獲高が増えることは地域にとって良いように思われますが、もともと地域で漁獲高に対応できる経済システムが構築されていたため加工場等が対応できないなどの経済的な問題が生じます。北海道沖合に長期にわたってある暖水渦はサケの回遊やサンマの沿岸近くの漁場への回遊に影響を与える可能性があることが指摘されており、三陸から北海道太平洋側の漁業活動、漁業基盤へ影響を与える可能性もあります。冒頭の論文は地域経済を考える上で重要な指摘でした。

 海洋熱波が今後の地球温暖化により出現頻度が高くなる可能性があるのかが気になります。Frolicher et al.(2018)は1982年から2016年の間に海洋熱波の発生日数は倍増しており、パリ協定で気候変動緩和策目標値とした気温が産業革命頃より2℃、努力目標値1.5℃上昇でも海洋熱波の出現確率はそれぞれ23倍、16倍となると予測している。また、現在の対策の継続での予測である21世紀の終わりで3.5℃の温暖化では、海洋熱波の発生頻度は41倍になるとも指摘しています。海洋熱波の起こる海域も広がり、特に熱帯域、北極域で顕著となり、継続日数も長くなるとも述べています。海洋熱波が増加するということは生態系への影響が大きく、生態系サービスもダメージを受ける可能性があります。軽減策、適応策を考える必要があるように思われます。

 冬季の高水温化現象は “winter warm-spells”(冬の温暖期間)と呼ばれることがあります。下北半島では過去には異常冷水(沿岸親潮)が長期間接岸し、1984年にはアワビが死滅し、また、2014年にはタイが仮死状態で海面に浮くなどの現象が起きたことがあります。1984年の異常冷水の長期間の接岸によって生態系を変えてしまいました。その逆の現象が今後起きる可能性があります。現在徐々に進んでいるコンブの収穫量の減少、マダコ、ヤリイカなどこれまで冬季に漁獲されなかった魚種への転換などが起こり、地域経済に影響を与えてしまう可能性があります。海洋熱波というと暑い時期を想像しますが、冬季にもありうるとして注目していかなければならないと思います。

 海洋熱波については研究者グループが立ち上げている英文WEBサイト(http://www.marineheatwaves.org/)があります。他にも平和財団海洋政策研究所ocean newsletter( 窪川かおる(2020)海洋熱波が海洋生態系におよぼす影響)、海洋危機ウォッチなど和文での解説等が既にされています。参考にされると良いかと思います。


参考文献
  • Hobday, A. J., Alexander, L. V., Perkins, S. E., Smale, D. A., Straub, S. C., Oliver, E. C. J., et al. (2016). A hierarchical approach to defining marine heatwaves. Prog. Oceanogr. 141, 227-238. doi: 10.1016/j.pocean.2015.12.014
  • Miyama, T., S. Minobe, and H. Goto, 2021: Marine Heatwave of Sea Surface Temperature of the Oyashio Region in Summer in 2010-2016. Frontiers in Marine Science, 7, doi:10.3389/fmars.2020.576240
  • Mills, K.E., Pershing, A.J., Brown, C.J., Yong, C., Fu-Sung, C., Holland, D.S., Lehuta, S.,Nye, J.A., Sun, J.C., Thomas, A.C., Wahle, R.A., 2013. Fisheries management in a changing climate lessons from the 2012 ocean heat wave in the Northwest Atlantic. Oceanography 26, 191-195. doi: 10.5670/oceanog.2013.27