21世紀の北極海はどうなるのか

(2021.11.01掲載)

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(公財)日本海洋科学振興財団 評議員
北海道大学名誉教授

池田 元美

 北極海と言えば厚い海氷に覆われた海で、船も通れないところと思われていたが、最近は海氷が減って、季節によっては太平洋と大西洋を船で行き来できるようになってきた。今世紀のうちにどのくらい海氷が減るのだろうか。海だけでなく、ロシア、アラスカ、カナダ、グリーンランドの陸域では、凍土の融解など自然環境の変化に伴って、人々の生活も異なってくるであろう。

 北極研究に携わるグループでは、自然科学と人間社会科学の連携も探りながら、北極域の環境について様々な課題に挑戦している。それを示す例として2020年春にオンラインでSixth International Symposium on Arctic Research (ISAR-6)/第6回国際北極研究シンポジウムを開催した。私は、シンポジウム投稿論文を掲載する特別版のGuest Editorを仰せつかって、全体の取りまとめに携わった。研究課題としては、大気の昇温、海氷減少、氷床融解、凍土消滅、植生の変化、さらにこれらの影響を受ける極域住民の生活にも注目している。海洋科学が関わる課題を具体的に示すと、海洋大循環の変化、深層水形成の減少と低塩化、北極圏と亜寒帯および全球との相互作用など、挑戦的なトピックが並んでいる。

 私が個人的に興味を持ち、30年以上前にカナダのベッドフォード海洋研究所で取組み始めたのは、大気と海洋が相互作用※1して10年程度の周期で変動する現象であった。いくつかの相互作用グループがある中で、最も変動の大きいものは、大気のArctic Oscillation (AO)※2と相互作用する北極海のアジア側に現れる海氷変動である (Ikeda, 2012)。AOはNorthern Annular Mode (NAM)※3ともよばれており、北極点付近を中心とする気圧変動パターンを持ち、北半球の反時計回り大気循環の強弱に影響を与える。北極点側で気圧が低い年に2年程度遅れて、アジア側の海氷が少なくなる。しかし1980年以降の変動のみに注目すると、大気のDipole Anomaly (DA)※4に対応して、太平洋側と大西洋側の海氷面積の差が大きくなる。DAはArctic Dipole Mode (ADM)※5とも呼ばれており、アジア側と北米側に気圧の高低差を持つので、太平洋側と大西洋側をつなぐ大気循環を変動させる。アジア側の気圧が高い(低い)年に1年程度の遅れで太平洋側の海氷が多く(少なく)なる。このような振動にも増して、最近30年の顕著な変化は北極域全体における海氷面積の減少である (Cai et al., 2021)。

 北極海の主たる海洋循環は、表層の200メートルが大西洋に流出し、それを補うように中層・下層で大西洋から流入するものであるが、太平洋起源水も表層の低塩分水を保つ役割を持っているので、太平洋からの海水流入も重要と見られる※6。大西洋側に比べると観測データが少なかった太平洋側の観測に、特に21世紀になってから、我が国の研究者が尽力している。Watanabe et al. (2017)が示すように、太平洋からの流入は北極海表層の低塩分を保つと共に、熱輸送にとっても重要である。2001-2014年を対象とした数値モデル実験を行って、海氷下の現場観測で確認された海洋熱輸送のプロセスが調べられている。海水に限らず、海氷の運動、および変形プロセスを精確に表現することも重要であろうと考えるので、水平解像度5kmの数値モデルを更に改良する試みに期待したい。

 北極に関する精神論を少しだけ述べると、化石燃料の燃焼によって地球温暖化を進行させた結果として北極海の海氷が減少しており、それを利用して、さらに北極海底の化石燃料採掘を増やしてはならないと考えるところである。


引用文献・ウェブサイト文献


以下は、海洋財団Webサイト編集員による追加部分です。

【用語解説】

※1:大気海洋相互作用
 大気が風や雨・雪などを通して海洋に影響すると同時に、海洋も水蒸気や熱の供給を通して大気に影響を与えている。この大気と海洋が相互に影響し合う作用を大気海洋相互作用という。代表的な例としてはエルニーニョ現象や北極振動が挙げられる。
(参考)気象庁:知識・解説 気候と海洋の知識 さまざまな気候・海洋変動

※2:Arctic Oscillation:北極振動
 北極付近と中緯度の地上気圧が互いにシーソーのように変動する現象。偏西風の強さや蛇行に影響し、暖冬や寒冬のような平年と異なる気象が北半球規模でリンクして発生するという特徴を持っている。変動は複雑で、数週間程度から数十年程度までのさまざまな周期を持つ変動が重なっていると考えられている。
(参考)気象庁: 大気の流れなどに関する用語
    中村尚, 2002: 新用語解説(49) 北極振動. 天気, 49, 8, 93-95.

※3:Northern Annular Mode:北半球環状モード

※4:Dipole Anomaly:ダイポールアノマリー, ダイポール偏差
 遠く離れた2つの地点で、気圧などの平年との差(偏差)がシーソーの様にリンクして変動する状況。

※5:Arctic Dipole Mode:北極ダイポールモード

※6:北極海の海洋循環
 海洋は場所によって塩分が異なり、例えば大西洋は太平洋より塩分が高く、密度が高い。塩分の違いが海水の密度の違いとなり、これが大西洋からの海水が太平洋からの海水より下に拡がる要因となる。